以前書いたかもしれませんが、それとも考えていたが書くのを止めたのか


それすら忘れてしまったのですが(笑)


国言葉(訛)の時代に書かれた書物は国言葉で書かれていたのか?という疑問があったのです


今は標準語というものがあります。


戦国時代に標準語がなし、自分のしゃべる言葉がなまっているという自覚もなかったと思う


信長の育ての親、平手政秀は文化人で和歌を詠んだという記事あり(ウキ)


信長も「人生50年~」と歌った能の舞も有名だ


となれば漢字を読めたし書けたということになる


信長のサインをした手紙をテレビで何度もみた記憶もある


「信長公記」があり信長の家臣太田牛一が書いたと言われている


信長の死後は丹羽、豊臣と士官を変えて右筆の仕事をする


右筆というのは代筆をする人(ウキ)らしい


信長は字を書いたのだろうか?


平手から手習いを受けて、字を習ったはずだが??